特集
沖縄薬草パラダイス
ニガナ「ンジャナ」は、普通に家の庭や海岸によく見かける。島の人達にとって一番の薬草かも知れない。
〈今号の表紙〉 子ども時代の懐かしい思い出をまとう薬草たち。僕らの世代は、熱が出たらンジャナ(ニガナ)、風邪を引いたらフーチバー(ヨモギ)と大変お世話になりました。撮影をしながら、その匂いを嗅ぐだけで体がポカポカと温かくなるような感じがしました。撮影:仲程長治
薬草はいつもそばにある島の命草(ヌチグサ)
沖縄県の「薬草データベース」によると、沖縄では230種を超える薬草の自生・栽培が確認されています。
今号の特集で「沖縄の薬草」としてご紹介しているニガナ(苦菜)やハンダマ(水前寺菜)などもその一つですが、これらは私にとって、薬草である以前に子どもの頃から日常的に食べてきた食材でもあります。
野菜が少ない夏にカンダバー(芋の葉)を食べたり、冬至の日にフーチバー(ヨモギ)入りのジューシー(炊き込みご飯)を食べたり、食卓に並ぶ葉もので季節の移ろいを感じています。
ここ数年は雲南百薬(うんなんひゃくやく)をよく食べています。その名の通り百の効能があるという中国由来の薬草ですが、少し粘りのあるほうれん草のような味わいで、鍋物や和え物に重宝しています。
沖縄の薬草は、昔の人が健康への効果や効能を確かに体感したことで食べ続けられてきた、島の貴重な資源のひとつです。 最近ではこうした薬草を商品化する動きも多く見られるようになり、確かな科学的根拠を踏まえた上で、その有効性が見直されていることをとても嬉しく思っています。
沖縄の長寿健康を影で支えている命草(ヌチグサ)のパワーをご紹介します。
代表取締役 名護 健
島の暮らしに息づく薬草パワー
身近な存在として子どもの頃から薬草に親しんできたという大城邦子さん。
庭先にある薬草たちといつも遊んでいます
沖縄本島南部にある糸満市で民宿を営む大城邦子さん。県外から訪れる修学旅行生たちに糸満のアンマー(お母さん)と呼ばれている邦子さんは、子どもの頃からごく自然に薬草と親しんでいたそう。
たとえば、すり傷にフーチバー(ヨモギ)の絞り汁を塗ったり、咳が出たらサクナ(長命草)を擦って飲んだり、あせもが出たらゴーヤーの葉を煮てお風呂に入れたり。
「知識というよりも、経験を通じて母から子に伝えられてきた知恵のようなものでしょうね」と大城さん。お父様が約30年前に漬けたというンジャナ(ニガナ)酒は、おなかが痛い時や発熱時にほんの少しだけ飲む家庭の万能薬として、お孫さんが海外旅行に行く時にも持たせているそう。
そんな大城さんが最近楽しんでいるのが、庭先の草花を使った薬草茶づくり。モリンガとサクナをベースに、月桃など季節ごとの茶葉をブレンドしたお茶は飲みやすく、野菜が苦手な学生たちにも好評だとか。昔から「その家に必要な薬草が庭に生える」と言われている沖縄ならではの薬草との付き合い方が、大城さんの暮らしからも伺えます。
鉢植えの雲南百薬をつまんでお料理に。
庭先の草花を乾燥させて薬草茶にします。
束ねた薬草は風通しの良い場所に吊るして乾燥させます。
フーチバーの匂いが大好きという大城さん。
庭を回って摘んだ薬草。野菜嫌いの子どもも「自分で摘むと食べてくれる」とか。
糸満アンマーのお知恵を拝借!
薬草は薬箱
自家製の薬草酒
沖縄の家庭でよく作られている薬草酒。ンジャナ(ニガナ)の根っこの部分を泡盛に漬けたニガナ酒は解熱や胃腸痛、回虫駆除の薬として。黒糖と泡盛で島ニンニクを漬けたものは風邪予防や疲労回復の薬として愛用されています。どちらも飲むと血行が促進され体がポカポカに。
飲むのはほんの少し。熟成したニガナ酒はブランデーのような味わいです。
雲南百薬はポットのお湯に浸して湯通し。
薬草の和えもの
クセの強い薬草を修学旅行生にも食べてもらおうと、大城さんが考えたレシピ。湯通しした雲南百薬やハンダマを、もずく、缶詰のツナ、果物(この日はマンゴー)とさっと和えるだけの火を使わない一品。もずくが喉ごしをよく、果物の甘さが薬草の苦みをまろやかにしてくれます。
フーチバーマスク
フーチバー(ヨモギ)の爽やかな香りが大好きという大城さん。風邪気味の時にはガーゼマスクの内側にフーチバーの葉をたっぷり入れて使うと、「香りで鼻がすっきりするし、夜の寝付きも良くなる」そう。フーチバーの芳香には鎮静効果があり、殺菌作用もあるので理にかなった使い方と言えます。
よく揉んで香りを出してから、ガーゼマスクの内側に入れます。
季節の庭先、薬草茶
薬草の香りはそのままに、苦みは和らいで飲みやすくなります。
庭でモリンガを摘む大城さん。若芽はサラダとして食べるそうです。
大城さんが常飲している薬草茶は、苦みやえぐみなど、クセの強い薬草の成分を手軽に取り入れる方法としておすすめ。作り方はとても簡単です。まず、茎から採った薬草を数本ずつ輪ゴムで束ねて、雨が当たらず風通しの良い場所に吊るして乾燥させます。全体がしんなりしたら、葉の部分を摘み取って大きいものや茎は小さくカットし、天日干しすれば出来上がり。
「葉っぱを無駄なく全部使えるからいいですね。桜の葉を入れたら春の香りになるし、月桃を入れたら夏を感じる。季節ごとにブレンドを変えると飽きなくて楽しいですよ」。
薬草たっぷりの超健康サラダ、人気のヒミツ
那覇の国際通り近くにある「しまぶくろ」の人気メニューは、沖縄の薬草をふんだんに使った「チャーガンジューサラダ」です。お店が東京にあった頃、沖縄の島野菜を知ってほしいという想いを込めて考案したというこのメニュー、主役は生のフーチバー(ヨモギ)やサクナ(長命草)など、苦い沖縄野菜の代表格であるゴーヤーとはまた違う独特の苦みを持つ薬草たちです。苦いのに箸が止まらなくなる美味しさの秘密は、丁寧な下ごしらえにあります。
無農薬の薬草は虫食いの葉などを取り除き、流水で丁寧にアクを洗い流してから、氷水で芯まで冷やしてシャキッとした食感に。苦さの箸休め役としてアボカドを加え、酢・ゴマ油・しょう油・昆布だし・ザラメ・ウコンパウダー・ゴマで作った特製ドレッシングを仕上げにかけます。実際に食べてみると、名前の通りチャーガンジュー(沖縄の言葉で「とても健康」という意味)になれそうな味わい。
「体が薬草を欲しているんでしょうね、好きな方は苦みがたまらないとペロリと食べてしまいます。僕も時々食べたくなるので、そういう日は多めに作って味見しています」と、店主自らも薬草の力を感じているそうです。
薬草は下ごしらえが大切。1枚1枚手でちぎり、丁寧に洗ってアクを流します。
最後は氷水で芯までよく冷やし、シャキッと食べやすい食感にします。
沖縄の薬草が大好きという伊江島出身のしまぶくろさんと、奄美大島出身のまきこさん。
琉球料理にみる薬草
伝統的な沖縄料理ではどのように薬草が使われていたのでしょうか? 本誌連載「おウチで琉球薬膳」でおなじみの琉球料理伝承人、宮國由紀江さんにお聞きしました。
「もともと沖縄には暑さや台風の影響で野菜が少なく、その代わりとして昆布などの海藻を多用していました。薬草もまた、手に入りにくい野菜よりも身近なものとして、主に肉や魚料理の毒消しとして用いられていました」。
例えば、魚汁にイーチョーバー(ウイキョウ)を加えたりイカスミ汁にンジャナ(ニガナ)を入れたり。いずれも臭み消しや整腸作用、消化促進のために用いられていました。その他にも古くから血の薬と呼ばれていたハンダマ(水前寺菜)やニーブイ(睡眠)薬のクヮンソウ(アキノワスレナグサ)を用いた料理もあり、医食同源の思想が根底にある琉球料理には薬草の使い方にも先人たちの知恵が息づいています。
野菜が少ない夏の沖縄でよく使われるカンダバー(芋の葉とツル)を使った雑炊。体調を整え、便通を良くする効果があります。
沖縄県知事認定の琉球料理伝承人である宮國由紀江さん。