それぞれのぬちぐすい。

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それぞれのぬちぐすい。

それぞれのぬちぐすい。

沖縄には「ぬちぐすい」という言葉があります。
「ぬち」は命、「ぐすい」は薬。
命の薬となるようなおいしいものや美しい風景、人の優しさなどに触れた時、沖縄人(うちなーんちゅ)は「ぬちぐすいやっさ~」と感じます。
沖縄本島の北と南で地に足をつけて暮らすお二人の家を訪ね、あなたのぬちぐすいは何ですかと聞きました。

豚肉はアイデンティティを支える深い食べもの。

満名まんな 匠吾しょうご さん

満名匠吾さん

 島豚七輪焼「満味」のオーナーであり、帆掛けサバニ(木造船)の船主、スローフード琉球のメンバー、土中環境再生プロジェクト実行委員などいくつもの顔をもつ満名匠吾さんは今、今帰仁村天底でセメント瓦屋根の古い平屋を大改装しながら暮らしています。90代のおばぁが一人で住んでいたという家には、奇跡的にかまどが残っていました。毎日、かまどでごはんをつくっていると、あっという間に一日が過ぎ、スマートフォンを見ることも減ったと笑います。
 満名さんのぬちぐすいは「命とアイデンティティを支える深い生き物」である豚です。
「沖縄では琉球イノシシを家畜化して、交易の中で海外の品種が入ってきた時に交配し、多様な黒豚が生まれました。油脂やタンパク源が枯渇している島国で、おいしい脂をたたえる豚を育てる技術が高まっていきました。全部無駄にしない料理法があり、その代表がスーチカーです」
 「スー」は塩、「チカー」は漬けるという意味をもつ、三枚肉(豚バラ肉)の塩漬けは、冷蔵庫のない時代に始まった保存食。今もスーチカーを知らない沖縄人はいないと言えるほど日常に受け継がれています。でも満名さんは「塩漬けして冷蔵庫に入れて3日でOKみたいな感じになっているのがすごくもったいない」と嘆きます。そして三枚肉に塩をもみこんだ後、村のおばぁに教わったというソテツの葉をザル代わりに、さらにその上からクワズイモの葉で包み、軒先に吊るす仕込みを見せてくれました。腐敗しないよう、水分をしっかりと切るのです。その後、常温で甕に入れて10日ほど。「塩蔵による旨味の引き出しというものがあります」。

どう拾い出し、引き継ぎ、新しい景色をつくっていくか。

満名匠吾さん

 満名さんは若い頃から沖縄の食や海のことなどに精通していたわけではありません。沖縄で海洋博が催された1975年に生まれた「海洋博ベイビー」。物心がついた頃にはバブル後でまちは廃れていました。でもおじぃに教えてもらったように素潜りすれば、ウニは山のように捕れ、海中の断崖がサンゴに覆われた色彩に圧倒されました。
 沖縄を飛び出し、大阪でバーテンダーになった時、マネージャーから「泡盛の古酒について考察を聞かせて」と問われ、何も答えられず、胸がちくんとしました。マネージャーが「あなたたちの沖縄にはすばらしい文化があるよ。蒸留酒でこれだけ注ぎ足して育てるお酒は他にはない。世の中にはいろんな誇りをもったお酒づくりがあり、その裏にある物語を伝えるのがバーテンダーの仕事」と話してくれたのと、帰省をして海に潜ったら風景が変わりはてていたのが同じような時期。「何ができるのか全然わからなかったけど、早く帰らなければって思ったんですよ」。
 帰ってきた時、生まれ育った地においしい豚食文化があることを驚きとともに初めて知りました。
 沖縄には誇らしい文化や自然がまだ残っています。見過ごされてしまっているものをどう拾い出し、引き継ぎ、新しい景色をつくっていくか、それもまた満名さんのぬちぐすいになっています。

習ってきたおじぃやおばぁの手技を再現できるように。

有谷ありや 元子もとこ さん

有谷元子さん

 青森で子育てを終え…とはいっても、息子が高校に進学し寮に入るという時、「これからはそれぞれの人生を楽しみましょう!」とあっけらかんと手をふって、有谷元子さんは現在のパートナーがいる沖縄に移り住みました。  青森とはまったく違う植物に目をまるくする日々でしたが、通りを行く人は誰も木々に見向きもせず、大きな種が落ちていても拾いもしないことが不思議でした。
 ほしいものがあったら、まず買おうとは思わない。つくり方を教えてくれそうな人を探すというのが、有谷さんの性分です。暮らしの創作スペース「あるむんじゅくい」を立ち上げ、島野菜の食べ方や保存食、薬草での手当て、民具づくりの他、血行をよくして病をケアしてくれる蜂針治療を習って、"マイ蜂"を得るために養蜂をしたり、気候変動で栽培適地が変わっていくのを予想し、沖縄より暑いアジアやブラジルの野菜を育ててみたり。好奇心が充満した台所や畑は愉快な実験室のようです。

ぬちぐすいは”じんぶん”

有谷元子さん

 この日、お昼ごはんにふるまってくれたのは、沖縄の島豆腐にクモノスカビをもふもふと生やした毛豆腐。中国の発酵料理です。自家製の豆板醤を添えて、島らっきょうと炒め合わせて、揚げて、の3種の毛豆腐は、チーズのような深みを醸していて、でも口の中が旅に出たような新感覚に。
「錬金術みたいで発酵はけっこう好きですね。私たちがとてもできないことを菌がやって、おいしくしてくれます」
 有谷さんのぬちぐすいは、沖縄で出会い、多くの気づきをくれた"じんぶん"(ウチナーグチで暮らしに活きる知恵)です。
 例えば、沖縄の魚は淡白といわれますが、醤油や山葵ではなく、地の塩と味噌、そしてコクのある肝で刺身を和える食べ方があります。沖縄の植物を材料にする籠編みも習ってきたもののひとつ。手技はもちろん「伝える」ことが上手な師がいました。 「何でも大もとのところからやるのが楽しいんです。調味料でも買うのが当たり前の自分じゃなくて、それがどうやってできるのかを伝えられる人でいたい。記録資料を残すだけではなく、習ってきたおじぃやおばぁの手技を身につけたいと思っているうちに、こんな感じになりました」
 昔はそういう知恵があったんですねで終わるんじゃなく、「やってみたい!」と深く聞いて次々と出てくる事柄は有谷さんのぬちぐすいになるおもしろさで、食べものであれば驚くほどおいしい。
 培われた知恵を手放さずに暮らす人がまだ健在する今、有谷さんは沖縄の手仕事受け継ぎ所のような役割を、心底楽しみながら担っています。

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